はつこいリターンズ!(以下はつリタ)は、非常に困った作品だ。
作品の評価にではない。作品自体にでもない。物語の構造を解釈するのにとても困る作品なのだ。百合としてはとても素晴らしい作品なのだが。
ヒロインの声優さんは一作目に立花日菜さん、二作目に土屋李央さんと、まったく文句のつけようもない演技で物語へといざなってくれる。
方や告白できない恥じらいギャルが、方や引っ込み思案なミステリアスガールが。それぞれ魅力的な女の子たちが主人公の女の子に精一杯の勇気を振り絞って告白をしようとしてくれる。
はつこいリターンズはタイムリープものだ。主人公がタイムリープするのではなく、物語の最初から明言されているように三人のヒロインがそれぞれタイムリープしている。
古典的な物理学(高校までに習う一般的な物理学)で考えてしまうと、物事の事象には因果がある。
つまり、はつリタで考えると、ヒロインが巻き戻した時間軸の前にも時間があり、その時間軸には告白した誰か他のヒロインがいるかもしれないのだ。
それはあまりにも辛い。
彼女たちの想いが綴られ、それを知って私たちは受け入れる。その『選択』すらなかったことになってしまう。
しかも、その消失を選んだのは、それを聴くことを選んだ『あなた』だと、面と向かって言われているようなものなのだ。
この構図は、恋愛シミュレーションゲームをヒントとして作られた本作で強調されているが、何かを選ぶ時、他の何かを捨てることになる。選択という行為には必ずその後悔がある。
あるヒロインをあなたが選ぶ時、あるヒロインは選ばれない。一人しか結ばれないのなら他の二人を切り捨てなければならない。
それはあまりにも辛い。
なので、私はこの古典物理学的な解釈を放棄する。
私は、理論的に考えると同時に量子力学的な観点からこの作品を解釈していくことに決めた。
※ここからネタバレ(?)注意!
ベルの不等式*1 *2というものがある。これを簡単に説明するなら『EPR相関において電子のスピンを外側から観測する方法を示した式』だ。もっと端的に、誤解を恐れずに書くなら、『シュレディンガーの猫の箱の内側を、開けずにこっそり中を覗く方法を示した式』だ。
これによって示されるのは、観測対象である粒子は『観測した瞬間に物事の状態が決定する』という微視的な非実在性*3があるということだ。
つまり、『観測していない時は物事の状態は確率としてしか存在していない』のだ。
これをはつリタにも当てはめて考えてみよう。
この作品にはヒロインが三人いて、誰か一人が時間を巻き戻して主人公と付き合うという『可能性がある』だけだ。それが三つともつまったのがはつリタという作品(箱)であり、これはベルの不等式によって同時に観測しても、確率としてそこにあるだけだ。
つまり、箱を開けてない状態でこっそり覗いた時に、以下の三つの可能性が(私たちから見ると)同時に存在しているということだ。
- 一周目で告白できなかった雛桜ひよりが時間を巻き戻し主人公に告白する。
- 一周目で告白できなかった夏藤なゆが時間を巻き戻し主人公に告白する。
- 一周目で告白できなかった椿つみきが時間を巻き戻し主人公に告白する。
それを受け入れるかどうかは、『私たち』次第だが、この三つの可能性が同時にはつリタという『箱』に詰まっているだけなので、因果律的にもコンフリクトすることはない。
あくまで、可能性として、確率としてそこにあることを示しているに過ぎないのだ。
だからこそ、一周目に誰にも告白されなかった主人公を仮定するだけで、箱の内側をベルの不等式によって覗き見した結果、『三人のヒロインが主人公に告白する"可能性がある"という物語を見ている』と解釈することができるのだ。
なので、あるヒロインが時間を巻き戻した結果、他のヒロインとの思い出が消えたりはしない。何よりまず、他のヒロインとの記憶を『私たち』は持っている。
それは『私たち』が『主人公』という『箱の内側』の存在でありながら、『箱の外側』でもあるという、量子力学的に『重ね合わせの存在』であることの証明なのではないだろうか?
私は、三人がそれぞれ時系列順(春→夏→秋(なし)→冬)に時間を巻き戻した可能性も考えた。
しかし、春夏冬(アキナシ)であるため時系列としては成り立っていないとも考えた。主人公が秋に関連する名字(それか春夏冬で"あきなし")である可能性もあるが、主人公の名前が現段階で明かされていないためそれはないだろう。
つまり、一周目の時間軸は共通であり、三人が告白してきたはつリタ本編の時間軸は可能性として、『同時に』存在していると考えるほうが矛盾がないのだ。
少なくとも、主人公に彼女がいることを知らないひよりは考えられない。なぜなら、幼馴染としてずっとそばにいたはずで、好きな相手のことなら気づく可能性も高いはずだからだ(仮定で別の運命の人ができるかもしれなかったとは手紙で言っているが)。
そして、なゆの場合も、「主人公に好きな人がいるかどうか」を二週目の時間軸で質問していることから、一周目で主人公が誰かと付き合っている可能性は限りなく低い。
あの場面で主人公が(一周目で)付き合っていた誰かをなゆが知っているなら、個人名として存在をほのめかしているはずだからだ。
もちろん、ひよりとなゆが知らずに、主人公が誰かと付き合っていた可能性はあるかもしれないが、一周目でひよりがなゆを知らず、なゆがひよりを知らずに二周目に行くとは考えにくいため、一周目は共通の時間軸で『主人公は誰とも付き合っていない』と考えたほうが妥当だと言える。
もちろん、つみきと主人公との関係が今後明かされることで、一周目の時間軸では彼女と付き合ってましたとなるかも……と思いきや、二週目を敢行する彼女が三人目として存在する時点でそれはない。
なぜなら、一周目の時間軸でつみきが主人公と付き合っているなら、二週目を敢行する彼女というものは存在しないからだ。三人目を聴く前でも理論的にそう言える。
まとめると、ひより、なゆ、つみきのいずれかが一周目のヒロインである可能性は限りなく低い。
また、各ヒロインの名字に春、夏、冬が割り当てられているが、秋がないためひより→なゆ→(?)→つみきの時系列である可能性も低く、前に示したように量子力学的な観点からも否定できる。
秋が『隠しヒロイン=主人公』だったとしたら、この考察は崩れることになるが……。その可能性も限りなく低いだろう。たぶん。
はつリタは恋愛ラブコメとしても面白い作りをしているが、SF文学としてもとても面白い。
それは選択が他の選択肢を切り捨てることだと伝えている点でもあるし、ヒロインを切り捨てるという、恋愛シミュレーションの残酷さを意識させている点でもだ。
三人がもし一人ずつ告白してきたら?という『箱の中の可能性を見る』ことができる作品がはつリタではあるが、もし箱を開けたのなら、あなたは誰かを選ばなければならない。その『選択』はあなただけにしかできない。
しかし、誰も選ばずに観測のみを行う、つまり『誰も選ばずに全員を選ぶ体験ができる』というズルができるのもあなただけであり、この作品唯一無二の体験なのだ。
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