サブリミナル白昼夢

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ライフ イズ ストレンジ トゥルー カラーズ 感想「さまざまな色と自由。またはゲーム(人生)における自由」

 

選択の善悪や良し悪しといった価値観を押し付けずに、プレイヤーの選択を尊重するように作られた『ライフ イズ ストレンジ トゥルー カラーズ』は、やはりシリーズの正統な続編だった。

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ライフイズストレンジ(以下LiS)は現代のアメリカを舞台に、プレイヤーの選択によって物語が進み、変化するアドベンチャーゲームだ。
その続編(物語は一作品で完結しておりこれから始めても問題ない)であるトゥルーカラーズは、シリーズ屈指の意欲作だ。

他人の感情が読める超常的な力を持つ主人公アレックスは、コロラドの田舎町である「ヘイブン・スプリングス」を舞台に、離れ離れだった兄と八年ぶりに再会し、さまざまな人たちと巡り合う。

そこで大切な人の喪失と、それに隠された大企業の陰謀に巻き込まれていく…というストーリーは明快で分かりやすく、面白い。
登場人物たちの『感情』を主軸に置き、繊細に、時に大胆に描かれた物語のサスペンス性にとても惹き込まれた。

だが過去作とくらべて、選択の重要度は下がっているように見える。それはなぜだろうか?

結論から言うと、アレックスのさまざまな生き方を首肯するために、あえて選択の重要度を下げ、明確なバッドである選択・エンディングというものを描かなかったからである。

今作では明らかなバッドエンディングというものはない。彼女が何を選択したとしても物語上で起こる事件自体は解決できてしまい、選択の意義と重みは薄れてしまった。
誰かを助けた結果、その人に助けられて(もしくは裏切られて)結末に影響するのならば、LiSの大きなテーマである選択を描くことができる。
だが、アレックスのさまざまな選択を肯定するように描いたのならば、彼女自身の選択を一長一短にグッド or バッドと決めることはできない。

プレイヤーは、LiSのある種の神聖さが薄れてしまったと感じるかもしれないが、それはたぶん正しい。
LiSの神聖さとは、私が思うに『選択の重み』であり、時間遡行ですら正すことはできない不可逆的な選択の過ちである。だが、人生を生きている誰しもが、人生の中で失敗した、間違いだったと思うことでも致命的な過ちというものはなかなか無い。(それがアルカディア・ベイを救った or 救わなかった選択だとしても)

LiSにおける選択の重み、それが正しいか間違っているかという是非と、プレイヤーが行うすべての選択の肯定が描かれている。これらは根本的に二律背反したものでもあり、しかしLiSシリーズではそれらを精一杯描いてきた。

製作会社であるDeck Nineは、そこを十分に理解した上で、彼女(とプレイヤー)にトゥルーエンド(真の結末)を示すのではなく、トゥルー カラーズ(さまざまな色)を与えるためにこのような描き方をしたのだろう。

だからこそ、明確なバッドな選択やバッドなエンディングというものは存在せず、プレイヤーのすべての選択を許容する世界としてトゥルー カラーズは描かれているのだ。

 

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ここでステフとライアンについても少し語りたい。
今回、相棒としてステフとライアンという男女のキャラクターが登場する。彼らはアレックスに対してもとても誠実で、いいパートナー(友人・恋人)になってくれる。アレックスは一人で立つことができる人間で、余計なラブロマンスやフレンドシップはいらないと感じた方は、どちらも選ばなかったかもしれない。

私は、過去作ビフォア ザ ストームで登場していた頃から好きだったので(今作でもっと好きになった)ステフを恋人として選んだ。ライアンも魅力的な人物ではあるのだが、ステフと対の性別であるキャラクターとして彼が登場した…と見るのは、穿ち過ぎだろうか?

男性キャラの対として女性キャラを出すと批判されると思うが、女性キャラの対として男性キャラを出すと特に問題はない(ようだ)。これは今の時代の面白いところでもある。

彼自身もステフと同じく好意的な人物として描かれており、選択によっては親密な関係になったり、味方になってくれたり(場合によっては不仲になったり)する。私としてはどんな時もアレックスの味方でいてくれるステフが一番好きだが。

 

ライフ イズ ストレンジの素晴らしさ

私自身、シスジェンダーヘテロセクシュアルなゲーマーだが、ビデオゲームの中の自由、たとえばジェンダーセクシャリティに縛られずプレイできるゲームの限界のなさは素晴らしいと常々感じている。

トゥルーカラーズは、そんな彼女…いや、アレックスとなってLiSの世界に飛び込むことができる。*1
そしてこのゲームは自由に生きることが出来る世界なのだ。女の子が好きなアレックスとして、男の子が好きなアレックスとして、性別関係なしに好きになるアレックスとして、はたまた性別なく生き人を好きになるアレックスとして。

すべての選択とアイデンティティというさまざまな色を否定せず、認めてくれる世界で生きられるのは、それだけで素晴らしい。
トゥルー カラーズは間違いなく、過去作のライフ イズ ストレンジの意志を受け継いだ正統な続編だと言えるだろう。

 

*1:ちなみにアレックスはシスジェンダーとして描かれている(と思う)が、明言されているわけではない。そして、彼女の性的指向はプレイヤー自身の手に委ねられる