サブリミナル白昼夢

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夢現Re:Master 感想 「主人公の執着と物語のラストについて」

 

生きることは苦しむことであり、生き続けるとはその中に 何らかの意味を見出すことである」(フリードリヒ・ニーチェ

 

f:id:belvedia2:20220204191321j:plain夢現Re:master』より

キラ☆ふわガールズラブゲーム制作会社アドベンチャーゲーム夢現Re:master (通称ゆリマスター)をクリアしました。(実は発売日に買ったのになぜかプレイしていなかった)
工画堂スタジオ(しまりすさんチーム)のゲームをやるのは初めてだったのですが、なかなかどうして、恐ろしいゲームを作るスタジオだとおののきました。
作品の前評判はまったく見ずに、ではなくKiller☆不和と呼ばれている程度の噂しか知らず、
「え~?こんなかわいい絵柄で~?うそ~?」
と甚だかる~いノリではじめましたが、めちゃくちゃ後悔ドハマリしました。

丁寧に作られた世界とキャラクターたち。
魅力的な個別ルート。
濃厚で記憶に叩きつけられる陰鬱なバッドエンディング。
終盤にかけての怒涛の展開。そのすべてが面白かったです。

私が最初到達したのは、ノーマルエンド(百合のギャルゲーがへたくそ)だったのですが、マリーさん好きだな~!と思い、なんどか試行錯誤して攻略に勤しんでいました。
結果、マリールートバッドエンド。すっごいショックだった。かるく泣いた。
これの何がいじわるかって、プレイヤーがマリーさんを信じきれず、かばう選択をした自分のせいで彼女が壊れてしまうところなんですよね。シナリオ鬼畜生かよ。
まあ、私がしょっぱなから心に深い傷を負ったのはどうでも良いのです。どうせこのあとも、他キャラのバッドエンドで泣きを見ましたし。

そんなことより、大鳥あいという主人公がすさまじすぎて絶句した話がしたいのですよ。そして、最初どうしても納得できず、しかも物語の根幹をゆるがすのでは…と思ったゆリマスターのラストを。それに対して私がどうやって納得したかを、書いていこうと思っています。
あまりの衝撃にゲーム全体の感想というより、ほぼ大鳥あいのことしか書いていませんが、ご理解ください。

もちろん物語の根幹に触れるネタバレとなるので、未プレイの方はげんじつへもどる(ブラウザバック)推奨です。

公式サイト

 

 

 

 

目次

 

1.大鳥あいのキャラクター

主人公の大鳥あいは素直で優しく、人を元気にさせる明るさを持ち合わせている。少しだけ消極的でネガティブな傾向があるが、それでも意識して前向きに行動し誰からでも愛される。彼女は他者を慮り、手を差し伸べられる。そして自分を助けてほしい時に、怖がりながらも声に出せる人物だ。

だが時折、好きになった相手に対して、妄執と言っていいほどの異常な執着を見せる。こわれたななや、こわれたさきとずっと一緒に過ごそうとする、あのバッドエンドのように。この異常性の発露は幾分唐突で、鼻面に一発喰らったような驚きに襲われる。なぜあいはこのような変質を遂げるのだろうか?それについて考えるために、まずこころルートを見ていこう。

こころルートでは、彼女はニエに近づいた影響で心中している。はじめはそう語られて納得したが、よく考えるとおかしい。

なぜなら、ニエが魔女と心中する理由が見えてこないからだ。ニエは、魔女と一緒にハッピーエンドに辿り着くためにこちら側の世界に来たのであって、(主観的な)ハッピーエンドで死ぬために来たのではない。
このルートではニエに為っていると語られおり、口調もまたニエのものだが、同時にあいの影響を多分に受けているように見える。
ニエの魂が、あいの記憶によって汚染されていると言ってもよい。

f:id:belvedia2:20220204192858j:plain口調はニエだが、思考は明らかにニエではない。

このあいの記憶による汚染は、さきルートバッドエンドや、ななルートバッドエンドでも見られるものだ。ニエの魂が記憶の影響を受けないのなら、もともと素直な女の子として描かれていたニエが、妄執に取り憑かれることはないはずだ。

こころ(魔女)を失ったニエの魂の暴走、というのも考えてみたが、こころ(魔女)ではなく他の女性を好きになった場合のルートなら、ニエという意識すらないあい(ニエ)には暴走する理由がない。*1

そう考えていくとあのバッドエンドは、あいの記憶によってニエの魂が汚染されたと考えるのが妥当である。グッドエンドでもニエの魂は存在しているが、思い出さなければあいの記憶によって人格はほぼあいと言える。元の性格より少しだけ明るくなった、妹ですらほとんど分からないあいでありニエでもある存在だ。
ここで疑問に思うのが、"こちら側のあい(ニエ)"と"あい"、そして"ニエ"は同一人物だと言えるのか?ということだ。
つまり言い換えるなら、あいの記憶に引き摺られるニエの魂、あいの魂、ニエの魂はまた別の存在と言えるのではないだろうか。
本編であいがあい本人のまま、こころ以外の女性を好きになる可能性はあるのか?と想像してみるのも面白いかもしれない。*2 *3

彼女の執着が"あい"のものであるかは、本編ではバッドエンドと最後の一部にしか書かれていないため、判断するのは難しい。しかしこれは前日譚のSSに細かく書かれている。
彼女は十六歳(本編より五年前)の時、親同士が離婚によって妹と引き離された。その時のあいは、「こころと居たい。それ以外いらない。ただやすらかに」と願い、その後『ニエ魔女』と出会う十八歳(本編より三年前)の頃まで、その思いを持ち続けていた。彼女たちは年に一度きりの誕生日にしか会えず、どんなに互いを想っても離れ離れで過ごすしかなかった。
これが、"やくそくのばしょ"で姉妹で一緒に過ごした主な理由である。そして、バッドエンドなどで見せる『好きな相手への妄執』があいのものであるとの証左だ。ただし、彼女の性格からして元からその傾向が強かった可能性も否めないため、『こころ(好きな人)への妄執の要因』が『こころとの別れ』であるとは言い切ることはできず、証左としたことを注意してほしい。

 

2.成長が物語のテーマ

だとするとギモンになるのが、物語終盤まで"やくそくのばしょ"に閉じこもっていたあいとこころは、精神的にまったく成長していないのだろうか?という点だ。
まず最初に、"やくそくのばしょ"にいたあいとこころの姿を思い出してほしい。彼女たちは『ニエ魔女』をプレイして入れ替わった。しかし、その三年前のすがたであの場所にいたわけではない。
あの場所では、魂の形が肉体のすがたになる。つまり、彼女らの魂・精神も成長していると考えられないだろうか?

f:id:belvedia2:20220204193458j:plainただし、ここでのあいは髪が長いすがたで座っている。"やくそくのばしょ"から出るのを怖がっていたことから、ニエと同じ成長をしているわけではないだろう。

あい本人が成長したかどうかは、恐れながらも"やくそくのばしょ"から出ることを決意した彼女を見れば分かる。それを決意させた一番の理由は、あい(ニエ)であり、彼女の言葉であり、涙であり、想いでもある。

(ゲームが完成しなくていいなんてない。
 それは誰にとっても!
 向こうの世界でも、こちらでも。みんな)

 みんな幸せに

(幸せって、なに?)

 それはまだ、わたしにもわからなくて。

 でも、それはきっと。

 立ち止まって、停滞して、留まり続けることじゃない。

 そうするほうが、楽なんだとしても。

ここで、いろいろな感情が混じり合って溢れ涙すら流しながらメッセージを送るあい(ニエ)を、"やくそくのばしょ"から見ていた彼女はいったいなにを思ったのだろうか?

『わたし達は前に進むよ。どんなに怖くても』

『だから邪魔しないで!!!!!!』

それをプレイヤーが知る術はないが、その後の行動から確実に彼女の中で何かが変化したのだと想像することはできるだろう。

個人的にここ場面は、あい(ニエ)の声優である吉岡麻耶の演技も相まって、屈指の名シーンだと感じた。物語が伝えたいメッセージはこれなのだなというアツい思いがひしひしと溢れている。

閑話休題

正直に言うと、はじめに彼女の正体を知った私は、あいではなくニエの成長譚だと感じていた。
しかしそれだけでは、本物のあいとこころは現実から逃れて幻想にひきこもり、何も成長しなかったということになりかねない。だが、物語のテーマとしては明らかに停滞したふたりだけの世界からの脱却と、彼女たちの成長を軸として描いている。停滞が『バッドエンド』として描かれているのを見てもそれは明白だ。
そして、あいとニエの魂と身体は入れ替わってはいるが、記憶と魂の相互作用により単純に入れ替わっただけの存在と言えないのは、これまでの説明を通して理解して頂けたと思う。

本編で活躍した"大鳥あい"をあい本人だと言うことはできないが、ニエ本人だともいうことはできない。あくまで、私たちプレイヤーの要素すら混じった主人公の"大鳥あい"である。彼女は一般的な価値観に照らし合わせて見ると、正統派主人公キャラだと言える。だが、"やくそくのばしょ"にこころと閉じこもった本物の"あい"は、端的に評してしまえばとても臆病でひねくれている。
しかし、大切な人と一緒にいたい、安心できる場所で停滞をのぞむ気持ちは誰にでもあると思うのだ。だからこそ、彼女の行動には一定の理解ができるし、辛い現実が恐くても勇気を出して幻想から抜け出すという、オーソドックスなテーマがとても分かりやすく心に響いたのだと思った。

 

3.本当に恐ろしいのは

しかし私としては、ここまで単純明快なテーマの上に、物語という複雑なベールをかぶせて、プレイヤーを惑わせるシナリオに心底ゾッとした。
それは、ニエとあいの魂が単純に入れ替わっていただけで、あい本人の成長なぞ最初から最後までなにも無いと。
今まで積み重ねてきたものはぜんぶニエによるものだったと、受け取られかねないような展開だったからだ。

私が恐怖したのはそれだけではない。
"やくそくのばしょ"にいた本物のあいに対してもだ。彼女の異常性はバッドエンドなどでも垣間見えたが、こころルートの描写はそれの比ではない。

f:id:belvedia2:20220204194238j:plain妹に毒殺されそうなことをさきへ相談したくだり。彼女は、好きな人にだったら殺されてもいいという価値観を持ち合わせている。ただし、自分がすこしおかしいことを口走っているのは自覚している。

こころルートでは、妹の攻撃的な振る舞いに目が向きやすい。しかし、こころが実際にしたことは脅しや、ナイフ・毒薬のブラフのみで、姉の身体を傷つけるようなことは考えてなかった…と思われる。ただし、毒薬は本物を準備していたような描写から、あのままだとどうなっていたかは分からない。
だがほとんどの場合、こころはあくまでも正常な判断に基づいて行動している人物だと評価できる。

それに対してあいは終盤、これまでの評価を大きく落とすこととなった。作中で"いい子"であったのは、あい本人の気質はもちろんあるだろうがニエの影響が大きいとも考えられる。
彼女の元々の性格は、気弱で自信がなく、後ろ向きで、独占欲が強く、真面目に見えるが実は雑で、誘惑に弱く何より性欲が強い(これは冗談ではない)。そして、好きになった人のこと以外考えていない狂気をはらんだ人物だということが浮き彫りになる。そしてそれを阻もうとする者を害するのも厭わない考えを持っている。

f:id:belvedia2:20220204193209j:plainゲームを作り続けようとするユリイカソフトの面々への妨害を語るあい。個人的にはこのシーンが一番、あいの異常さを表していると感じた。

だがしかし、だからこそ、その姿は私たちの『弱い』部分にとてもよく似ていると感じた。だから私は、この『弱さ』を象徴したような、"大鳥あい"のことが大好きだ。*4

いまなら断言できるが、このゲームは本当に恐ろしい。バッドエンドですら、大鳥あいの本質を垣間見るだけの余興にすぎない。プレイヤーの誰にでも伝わりやすく共感を生まれやすい主人公だと思いきや、おなかの中身はこんなにも真っ黒なのだ。これをやられて、この世界とキャラクターに没頭しないわけがない作り込まれた作品のキャラクターには魂が宿る。まさかそれを、身をもって味わうことになろうとは。

 

4.まとめ

まとめよう。

彼女はこの物語における主人公であると同時に、今作におけるいわゆるラスボスである。
彼女を倒す…というより、彼女が成長しなければハッピーエンドを迎えられないように、彼女を理解しなければこのゲーム、夢現Re:masterを本当にクリアしたとは言えないのかもしれない。私も彼女を完璧に理解したとは到底言えないのだが。

"あい"が本当に成長できたかどうかは、ゆリマスターのラストですべて知ることができる…というわけではない。
こころやニエ、魔女、ユリイカソフトのみんなからどのような影響を受け、感化されたのか。苦しみながらそれでも"現実"を生きる”彼女”の物語は、ゆリアフターによって描かれることになるのだろう。

私はいまこれを書き切り、大鳥あいというラスボスをやっとの思いで"攻略"して、ようやくグランドエンディングを眺めているような心地でいる。
ゆリマスターのグランドエンディングは曲もとても素晴らしい。CDが流通しておらず、配信がなくてとても残念に思う。できれば、どこかの配信サイトで販売してもらいたいものだ…なんて、雑談混じりなことを書きながら、〆させて頂きたいと思う。

この世界ゲームに出会うことができて、ほんとうによかった。

 

※参考とした本編以外の公式SS

夢現Re:Master前日譚_「Ever starting Games」(工画堂文庫)

虹園寺シスターアラート(工画堂文庫)

*1:こころルート以外の各個別ルートに入った時点で、こころ(魔女)への未練はまったく描写されていない。

*2:メタ的な視点で読むと、こちら側の"大鳥あい"は三人の人物から構成されていると言ってしまってもよい。それは、"あい"、"ニエ"、そしてプレイヤーである"あなた自身"からだ。

*3:この"大鳥あい"は、元のあいやニエからどれほどかけ離れているのだろうか? 自己と他者の境界があいまいになっている彼女というプレイアブルなキャラクターは、ゲームという媒体の主人公として最も適していると言える。

*4:ここでの『弱さ』とは『心の弱さ』も含むが、必ずしも欠点ではない。あいは自分の心の弱さを理解しているからこそ、他人の弱さも理解し寄り添うことができるのだ。